SQに収益機会は存在するか

概要

日経平均先物やオプションの決済価格の基準となるSQ値はある特定の日(SQ日)の始値に基づき算出される。先物もしくはオプションを保有している主体において、SQ日の寄りの時点で指数構成銘柄を売買し始値を上げるあるいは下げるインセンティブが生じうる。即ち、SQ日の寄りで需給を"歪ませ"た場合に

 {\mbox{先物等の決済で得られる収益}>\mbox{売買した銘柄を決済することで生じる損失}}

となるならば始値を"歪ませ"るインセンティブが生じることになる。この"歪み"と反対方向の取引を行うことで収益をあげることができる可能性がある。
そこで限月取引の日経225についてそのような"歪み"が生じているのかどうか、および、そこに収益機会が存在するのかどうかについて分析した。その結果、2017年の12回のSQ日について分析を行った結果、4月と12月に"歪み"が生じていた可能性をみつけることができた。

用語の概説

本稿では月ごとに期限が到来する日経225の先物、オプションについて考え、他のオプション等については考慮しない。よってSQ値、SQ日、指数構成銘柄等の用語はすべて月ごとに期限が到来する日経225のもののみを指す。

SQ値

SQとはSpecial Quotationの略であり、SQ値とは先物やオプションの決済を行うための価格のことである。直近の値はJPXのページで確認することができる。SQ日(下記参照)の指数構成銘柄の始値に基づいて算出される。

SQ日

本稿ではSQ値を決める基準日をSQ日と呼ぶことにする。2017年のSQ日は下表の通り。

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
13日 10日 10日 14日 12日 9日 14日 10日 8日 13日 10日 8日

日経225先物のラージの限月は3ヶ月ごとであり、この月のSQをメジャーSQ、それ以外をマイナーSQと言うが、本稿ではそれらを区別しない。SQ日についての詳細はJPXのページを参照。

分析方法

方針

個別銘柄において特別な事情がない限り前日の終値と当日の始値は近い値をとるはずである。もしこれらがSQ日において理由なく乖離しているとすれば、SQ値を動かすために"歪まされた"疑いがある。したがって、そのような銘柄についてSQ日の寄りで乖離と反対方向(即ち下方乖離なら買い、上方乖離なら売り)の取引を行うことで収益をあげることができる可能性がある。理由のない乖離が生じた件数、および、それらの銘柄について乖離と反対方向の取引を行った場合の収益率を過去のデータから分析する。

方法

乖離率を以下で定義する:

 {\mbox{乖離率} = (\mbox{SQ日始値} - \mbox{調整後SQ前日終値}) / \mbox{調整後SQ前日終値}}

ここで調整後SQ前日終値はSQ前日終値に以下の調整係数を乗じて計算する。

 {\mbox{調整係数} = \mbox{当月の日経225先物ラージのSQ日日中始値} / \mbox{当月の日経225先物ラージのSQ前日日中終値}}

この調整の趣旨は、SQ前日の引け後からSQ当日の寄り直前(日経225先物の日中は8:45よりから始まる。これは個別株の9:00よりも早い。)までの経済、政治動向等の株価全体への影響を加味するためである。

収益率を以下で定義する:

乖離率が正の場合:  {\mbox{収益率} = (\mbox{SQ日始値} - \mbox{SQ日終値}) / \mbox{SQ日始値}}

乖離率が負の場合:  {\mbox{収益率} = (\mbox{SQ日終値} - \mbox{SQ日始値}) / \mbox{SQ日始値}}

即ち、寄りの時点で上方乖離の場合は売り、下方乖離の場合は買いで取引し、大引けで決済した場合の収益率である。

以上の定義の下で乖離率の絶対値が2%以上であり、かつSQ前日および前々日にニュースがないものについて、その件数と平均収益率を集計した。なおニュースとしてかぶたんの個別銘柄のページの「ニュース」のうち「決算速報」および「開示情報」のみを用いた。

分析結果

分析結果は下表のとおり。ここで収益率はすべて1件当たりの平均値である。

日付 下方乖離件数 上方乖離件数 下方乖離収益率 上方乖離収益率 合計収益率
1月13日 4 0 1.178% 0.000% 1.178%
2月10日 0 1 0.000% -0.486% -0.486%
3月10日 2 3 2.627% -1.243% 0.305%
4月14日 0 30 0.000% 2.615% 2.615%
5月12日 0 0 0.000% 0.000% 0.000%
6月9日 3 4 0.011% -1.842% -1.048%
7月14日 0 0 0.000% 0.000% 0.000%
8月10日 0 1 0.000% 1.915% 1.915%
9月8日 1 0 0.677% 0.000% 0.677%
10月13日 3 0 0.945% 0.000% 0.945%
11月10日 0 1 0.000% -1.931% -1.931%
12月8日 17 0 2.467% 0.000% 2.467%

考察

SQ日に異常なことが起こっているか?

4月と12月のSQ日では乖離件数がそれぞれ30件、17件と非常に多くなっており異常なことが起きていそうである。これを確認するため、2017年1月5日から2017年12月22日までについて上記と同様の分析を行った。結果、SQ日を含むそれら241日の平均乖離件数は2.88件で10件以上の乖離が起きた日は11日であった。10件以上の乖離が起きた日と乖離率、収益率等を下表に乖離件数順に並べた。

日付 下方乖離件数 上方乖離件数 下方乖離収益率 上方乖離収益率 合計収益率
4月14日 0 30 0.000% 2.615% 2.615%
5月1日 9 10 1.131% -0.426% 0.312%
9月27日 18 0 -0.017% 0.000% -0.017%
12月8日 17 0 2.467% 0.000% 2.467%
1月6日 12 3 0.587% -0.875% 0.294%
11月30日 7 6 1.121% -0.963% 0.159%
11月6日 7 5 -0.740% 3.214% 0.907%
3月22日 9 2 0.173% 1.272% 0.373%
11月13日 3 8 -1.751% 0.510% -0.107%
4月13日 10 0 2.165% 0.000% 2.165%
5月15日 3 7 0.381% -0.912% -0.524%

うち1番目と4番目が4月と12月のSQ日である。
これら11日のうち収益率が2%を超えている、即ち、終値の時点で始値の時点での乖離がほぼ解消されていると考えられる日は4月と12月のSQ日と4月13日の3日のみである。(4月のSQ前日の4月13日に乖離の方向としてその翌日と全く逆の現象が起きていることは興味深い。何かSQ日と関連した理由があるのかもしれないがわからない。)これらの考察から4月と12月のSQ日において通常の日と異なる現象が生じた可能性は高いと考える。

収益機会は存在するか?

存在する可能性はある。分析を行った12回のSQ日に限定して言えば、乖離率がどちらかの方向に例えば10件偏っていた場合、偏っている方の乖離の反対方向の取引を行えれば4月と12月の2回2%を超える収益を得ることができる。
ただし当然のことならが始値を確認した後、始値で取引することはできないので、寄りで取引するためには寄り前の気配値から乖離に偏りが生じているかどうかを判断しなくてはならない。これが可能かどうかは今あるデータだけからは判別不能である。偏りが生じていた日の寄り前の気配が偏っていたとは限らないし、逆に偏りが生じていない日の寄り前の気配が偏っていた可能性もある。
始値を確認した後、偏りが生じていたらその銘柄を取引する戦略を取る場合には2つ注意するべき点がある。1つ目は乖離の理由が本稿の冒頭で述べたような理由であれば始値が決まってしまえば株価をどちらかの方向に動かすインセンティブは無くなり、逆に始値を動かした取引を決済する必要が生じるため乖離が直ちに解消される可能性があるという点である。つまり始値が確定した後に取引を行うと収益が低下するあるいはなくなる可能性がある。2つ目は乖離が生じた銘柄は特別気配で始まる可能性が高く、したがって始値が確定する時刻が銘柄ごとに異なる可能性がある点である。このことは始値をすべて確認しようとするとすでに寄った銘柄の乖離が解消されてしまっている可能性があることを意味する。
収益機会については存在しそうではあるが、収益を得る手段については検討課題である。

本当に日経225先物、オプションのSQ値のための歪みか?

日経平均株価は構成銘柄225銘柄の株価の単純平均ではない。個々の株価にみなし額面による調整を乗じて計算される。(詳細は日本経済新聞社による日経平均株価算出要領参照。) 日経平均が単純平均であれそうでなかれ、ある構成銘柄の1%株価変動が日経平均を1/225%変動させるわけではない。ある時点である1つの構成銘柄の株価のみが r%変動した時に日経平均 r \times c%変動するとき、 cをその銘柄の寄与度と呼ぶことにする。( c rの値に依らずに決まる。ただし構成銘柄すべての株価に依存するため、ある銘柄の寄与度は時刻に依存する。) この寄与度は銘柄ごとに偏りがあり、2017年12月26日の終値ベースでは上位の26銘柄で寄与度の50%を占めている。
上で考察した歪みが日経平均の値を動かすためのものだとすると調整後前日終値との乖離が生じている銘柄は寄与度の高い銘柄になっていると考えられる。しかし12月のSQ日においてはそのようにはなっていない。12月のSQ日に乖離が生じていた17銘柄の寄与度を下表に示す。(ただし寄与度は12月26日終値ベースである。寄与度は大きく変動しないので問題はないと考えられる。)

会社名 寄与度
いすゞ自動車 0.152%
日野自動車 0.237%
日本電信電話 0.174%
コンコルディア・フィナンシャルグループ 0.110%
三菱UFJフィナンシャル・グループ 0.136%
りそなホールディングス 0.011%
三井住友トラスト・ホールディングス 0.073%
静岡銀行 0.189%
損保ジャパン日本興亜ホールディングス 0.179%
東京海上ホールディングス 0.419%
日本電気硝子 0.212%
新日鐵住金 0.046%
大林組 0.221%
クボタ 0.359%
西日本旅客鉄道 0.135%
東海旅客鉄道 0.330%
関西電力 0.022%

どの銘柄も寄与度が高くないどころか1/225=0.444%を下回っている。日経平均の値を変動させるためにこれらの銘柄の株価を変動させるのは効率が悪いように感じる。しかし、これらの銘柄の株価の動きが通常と異なるように見えることもまた事実である。これら17銘柄は調整後前日終値よりも2%以上低く始まってるが、17銘柄中14銘柄において始値とその日の安値が一致(いわゆる寄り底)している。
なお4月のSQ日においては乖離銘柄の平均寄与度(12月26日ベース)は0.718%と全銘柄平均より高く、30銘柄中寄与度が1%を超える銘柄が8銘柄存在する。
以上より歪みの原因をすべて日経平均を動かすためであると結論することはできないと考えられる。(他の理由については思いついていない。12月の17銘柄中7銘柄が金融関連というところに何が意味があるのかもしれないが現状何もわかっていない。)

まとめと今後の展望

1年分12回のSQ日のうち2回についてある種の歪みが生じており収益機会が生じている可能性があることがわかった。ただしその原因は完全には判明しない。
今後はこの収益機会を利用し取引を行うプログラムを作成したい。投資戦略的な課題として考察で述べた歪みの確認方法や複数銘柄に歪みが生じているときの資産の配分などが挙げられる。技術的な課題としては当日の気配値をどの程度タイムラグなしにプログラムに取り込むことができるかなどが挙げられる。次のSQ日である2018年1月12日においてプログラムを稼働させることを目指す。
プログラムの設計や取引結果についてはまたここに書きたいと思う。